知ってた(・・? 犬山城と戦国武将たち その6

こんにちは(^^♪
くまくまです。

織田信長尾張統一から
時代(とき)が過ぎると

犬山城主
たびたび代わり

1596(文禄4)年になると

信濃木曽代官
豊臣家の家臣・石川貞清

犬山城主となり
信濃木曽代官も兼務するようになり…

ところで
信濃木曽(木曽谷)といえば

実は
優良な木材が多い場所

そのことに目を付けた
豊臣秀吉

信濃木曽(木曽谷)豊臣家直轄領とし
代官を置いたのだった

なんと

大坂城(大阪市)や伏見城(京都市)などの築城の際には
信濃木曽(木曽谷)の木材が利用されていたということだし

そのころの犬山城下町
木曽川を利用した交易で栄えていたのかも…

しかし
1600(慶長5 )年関ケ原の戦いが始まると
犬山城主・石川貞清西軍として巻き込まれることになったのでした(>_<)

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