知ってた(・・? 犬山城と戦国武将たち その7

こんにちは(^^♪
くまくまです。

1600(慶長5 )年関ケ原の戦い
東軍の勝利で終わると

西軍の犬山城主・石川貞清
犬山城を放棄したこともあり

犬山城は無傷(・・?

そうして
1601(慶長6)年

松平忠吉(徳川家康四男)
尾張国清洲城52万石の領主となると

松平忠吉の重臣・小笠原吉次
犬山城主として1万石の所領を与えられ

犬山城近世城郭へと改修し…

1617(元和3)年には
尾張藩の附家老・成瀬正成

犬山藩初代藩主として
犬山城主となり

すると
成瀬正成

惣構(そうがま)えといわれる防御施設で
城下町を土塁や石垣などで囲い

城下町への敵の侵入を阻止するよう
犬山城の防御を強化して・・・

織田信長尾張統一から時代(とき)を経て近世城郭となった犬山城
IMG_2477 - コピー
こちらは案内板から拝借した犬山城の復元図

それからの犬山城
犬山藩・成瀬氏の居城として明治維新を迎えたのでした(^_-)-☆

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