「義」に生きた上杉謙信と武田信玄の遺言

こんにちは(^-^)/ くまくまです。

その生涯において
43勝2敗25引き分けという
無類の強さを誇った武将

それが
上杉謙信

そして
謙信の偽らざる心
それが
「依怙(えこ)によって弓矢は取らぬ。ただ筋目をもって何方(いずかた)へも合力す」
『白河風土記』より

この意味するところは…
私利私欲で合戦はしない。ただ道理をもって誰にでも力を貸す
ということ

この言葉のとおり
謙信の戦いは
いつも他国より
要請されたものばかり

戦国時代武将といえば

自身の領土拡大のため
東奔西走してたのに

謙信
「義」を重んじ
自身の領土拡大は
考えておらず…

まるで
毘沙門天の化身のよう

さらに
信玄は臨終に際し
こんな遺言を…

「必ず勝頼は、謙信を執して頼むと申すべく候。左様に申して苦しからざる謙信なり」
『甲陽軍鑑』より

このように
信玄
息子である勝頼
自分の死後は
謙信を頼るようにと
言い残し…

史実として
信玄の六男信清
天目山の戦いでの
武田氏滅亡後
一人生き残り
最終的に上杉景勝
頼って…

このときは
菊姫景勝
嫁いていたという事情もあるけれど…

謙信は5回に及ぶ川中島の戦いを繰り広げた宿敵信玄の最期に頼られるなんて

この夏は「義」を重んじた謙信とそのことを頼りに逝った信玄
そんなふたりの関係に想いを馳せてみませんか















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